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向かうべき場所へ向かうために

2016.06.22 update
もし、在るべき形というものがあるのならば、それを携えて向かうべき場所というものも存在しているに違いない。
それは必然であり、同時にまた、日常そのものでもある。
日々流れていく自然な時間の中でだけ、浮き彫りになってゆく形と姿。
知覚するという行為そのものが、ひとつの具象化された顕在の証なのだとしたら、認識するということは世界中のあらゆる価値を内包するだろう。

このカタチ、だったからこそ、あり得るのだと言うこと。
向かっているのではなく、向かうべきなのだという意識と心。

すべてをクリアにしてくれる「自然」であることの強さは「使う」ことの意味を再確認させてくれる。

フィーグはしっかりと使い込み、傷だらけにして、その傷を味わい、その傷とつきあって、いつか傷すら忘れるようになって、はじめて日常に美をもたらすように作られています。